出品作品 No.82~107
「緻密で堅牢に」。 人の手が持つ可能性の追求をテーマに制作しております。 素材のメインにはモデリングキャストを使用し、耳、手などの細部は強度を出し、精緻に作り込むために、石塑粘土に針金を入れた上で、本体に後付けしております。また肘、膝関節を曲げた際、肘や膝の造形部が球体に被さるようにすることで、関節が中央から分割されない仕様になっています。 制作にあたっては、よりシンメトリーになるよう、1mm方眼紙にマチ針を打ち、型取りゲージと糸を使って左右のバランスを整え、仕上げに下地処理の胡粉と、油絵具での彩色を10回以上重ね塗りすることで、堅牢に、且つ地肌の色に濃淡を与え、人間の皮膚に近い質感を出すことを目指しました。 タイトルの「朔」には新月という意味があります。暗い夜からの始まりを思わせる、意思ある目をした一体になるよう心掛けました。
11cm・7cm・50cm
モデリングキャスト、石塑粘土
No.82 雨月 うげつ
『朔』

◆テーマとメッセージ
「地球、自然、人への感謝」
食べる物も着る物も、地球が全て用意してくれていることに気づいた少女。嬉しくて天を仰ぎ、両手を上げているポーズが浮かびました。 自然環境も人との出会いも、いくつもの奇跡に恵まれて、今、生かされていることへの感謝の気持ちを作品に込めました。
◆目指したこと
・全身粘土の固定ポーズ・感情を表す表情・天然素材で服づくり・自立
10年ほど前、私が初めて公募展に応募したときは布人形でした。この10年間で学んだもの(粘土、洋裁、染色など)を詰め込んだ作品にしたい思いました。
◆故郷の暮らしからの発想
私は長野の自然豊かな環境で育ちました。 山の幸に囲まれた幼少期の原始的な暮らしの記憶から、縄文時代にタイムスリップしたような空想も生まれました。そこから、麻や綿の天然素材をオシャレに着こなす「縄文ガール」をイメージして、染色したり、ハギレを合わせて、ねじる、編む、などの方法で衣装を作りました。
◆参考にしたもの
興福寺の阿修羅像の立ち姿と腕の形
◆工夫した箇所・苦労した箇所
・顔の表情
感謝の気持ちを表す表情を模索して、笑顔、嬉し泣きなど、何度もやり直しを繰り返し、最終的に少し微笑んでいるお顔で落ち着きました。
・粘土の肌・胡粉仕上げ
肌の胡粉塗りと磨きに時間をかけました。
・麻布の組み合わせ
少女が母親からハギレを貰って縫い合わせてオシャレを楽しんでいるのを想像しました。切りっぱなしの布端の糸を抜いてフリンジにしています。
・シロツメクサの花冠、りんご、糸玉
指先で作るクレイフラワーの技法を学びました。手のひらに乗せている糸玉やりんご(粘土)に磁石を入れて手から落ちないようにしています。
12・17・35 cm
石塑粘土
No.83 月乃光 つきのひかり
『恵み』

リアルで少し不細工、見れば見るほどに愛着が湧くような人形を作っております。髪の毛や肌の質感の描写、ひとりひとりの顔の個性にこだわってきました。ポリマークレイによる独自の造形に、色と質感を生かし、息づかいが聞こえてきそうなベビーをモチーフとした作風が主になります。吸い込まれるような愛おしい存在は、抱っこした時にもまた胸に来るものがあるかと思います。頭部と手足は360℃回転可動、支えがなくとも自立、及びポージング可能な作りになっております。日常の中に溶け込みながらも、ぽつんと佇み、存在感を放つような、そんな人形を作り続けております。
35cm
ポリマークレイ、布、ペレット
No.84 lotta ろった
『うとうと』

「永遠をつなぎ止めたい」という普遍的な願いを出発点に、本作は「今ここにある美しさと時間」を静かに見つめ、移ろいゆく時の中でこぼれ落ちてしまう輝きをそっと守ることをテーマとしています。 時間を止めることはできなくても、今この瞬間の煌めきをかたちに留めることで、鑑賞者に「いま」という存在の尊さを問いかけます。 制作においては、作家自身がデザインしたオリジナルのテキスタイルを用いています。 本作には、天使とハートの織り模様が施された特別な生地を使用。天使は「見えない守り」を、ハートは「変わらない想い」を象徴し、作品全体にやさしさと内なる強さを静かに重ね合わせています。 素材が本来持つ象徴性を活かし、視覚的な美しさだけでなく、触覚的な物語性を含んだ表現へと昇華させました。 リボンは、無限の循環を象徴するかたちとして配置され、「永遠」という概念をやわらかな造形で表現しています。 ほどけない結び目には、時を越えて続いていく絆や願いがそっと込められています。 また、透明感を湛えたレジンは「ガラスの鎧」をイメージし、儚さと芯のある強さを併せ持つ存在として作品を支えています。 光の角度や時間帯によって表情を変えるその質感は、変化の中にも失われない想いの存在を象徴的に映し出します。 本作は、かたち・素材・工程すべてに意味を込めて、「守りたい永遠」をやさしく包み込むように表現した作品です。
幅 28cm 奥行き 28cm 高さ 42cm
什器は 幅 14cm 高さ 25cm
ビスク
No.85 MIKI・櫻 みき・さくら
『ひみつのかけら』

「人形門」シリーズは、人と人形、意識と無意識、生と死、連続性と不連続性などといった“二点からなる境界”に着目した作品群です。 本作はその第三作品目にあたります。 人形は、言い得ぬ何かを内包しながら、我々をそれらと向かい合わせることで、境界として、また門としての役割を果たしているように思います。 その在り方の中に、人形という存在が持つ根源的な美しさを探りました。 制作にはデジタル3D彫刻の技術を用いています。一次原型はデータ上に存在し、出力された作品は二次原型として位置づけています。 素材については、従来の磁器製ビスクドールや石塑粘土製人形と比較し、出力品は細部の強度を設計段階で調整できる点に特徴があります。 これにより、本作における全可動の指のような繊細な造形表現を実現しました。 デジタルとレジン出力の特性を活かすことで、従来素材では困難であった可動域の拡張や、細部の精度と耐久性の両立が可能となり、可動人形の新たな表現の地平を開くものとなっています。 人形の肌表現につきましては、ビスクや胡粉といった様々な肌表現があると思いますが、本作は独自ブレンドのレジンを出力する際に使用することで独特な肌表現を可能としました。 ビスクや胡粉などに加えて新たな肌表現ができればと試行錯誤しております。 これらの手法や、一次原型がデータ上に存在していることにより、作家の不在後においても作品修復力や再現性が高く、全体的な作品強度が高くなると考えております。 人形作家としては模索の途上にありますが、本作が見る方それぞれの中にある“言い得ぬ何か”と向き合い、意識し、境界を感じるひとときとなれば幸いです。
18・8.5・66.5
レジン/グラスアイ/人工毛/布/真鍮/丸ゴム
No.86 江口 綴 えぐち つづる
『人形門 其の三』

タイトル「けはい」について
「穏やかな雪明かりの光景の中、その後の吹雪を思わせる、身も凍るような一吹きの風」
「春の嵐が来れば桜吹雪となって消えてしまう、月の光に浮かび上がる、桜雲の異様な美しさ」
これは私が以前体感した、自然界の静から動へと変化してゆく、束の間の情景です。 静寂な美しさの中に緊張感と畏怖を感じました。そこには目に見えない何者かがいるのではないかと思わせる「けはい」があり、その「けはい」を雪の精と桜の精に見立て作品としました。 この屏風の中に私の記憶や想像を詰め込んで、開いた時に見てくださった方々それぞれの想像や物語を、しばし楽しんでいただけましたら嬉しく思います。
箱型屏風について
この作品は2025年4月に、成沢しのぶさんとの二人展にて出品したものです。(発表時は他の作品との兼ね合いがありましたが、今回はよりイメージに近づけようと加筆しました。)私は現在家の事情で外出時間に制限があり、搬出入とディスプレーに時間をかけることができなかったため、考えた結果が木製パネル(サイズ指定注文品)を利用したこの箱型屏風でした。持ち運びに負担がかからないよう、なるべくコンパクトなサイズにしようと内寸奥行き6cmとしました。
それまでは関節人形や桐塑人形等、サイズやポーズを自由に制作してましたのでかなりの制約でしたが、そのような中で思案することは以外にも面白く、背景があることで豊かな表現が生まれ、見てくださった方々が楽しんだり評価してくださったりと、有意義な結果となりました。 人形+絵という構成は多様な世界が生まれそうで、今後はこの方向で進めていこうと、あれこれ思いを巡らしては愉しんでおります。
50·21·67cm 幅、奥行き、高さ
石塑粘土 木製パネル アクリル絵の具
No.87 櫻井真紀子 さくらいまきこ
『けはい』

夜と朝のあいだ、まだ世界が目を覚ます前の時。 少女は静かに立っている。まだ目覚めきらない光の中で、自分の中から生まれる小さな音に気づく。それは羽ばたくように胸の奥で響いている。 これから自分はどこへ行くのかはわからない。けれど、どこか遠くから聞こえる音の気配に、耳を澄ませ、まだ見ぬ世界に向かい、そっと一歩を踏み出そうとしている。 この少女は7歳前後を想定しています。 幼児から少女へと成長していく過程の、夢と戸惑い。 未来への憧れと恐れが交錯する内面風景を、羽化して飛び立つ蝶に重ね、戸惑いながらもその行方を追う少女の姿を表現しました。 蝶は、ピューター(錫)のシートを用いて制作しています。 布では軽やかすぎて薄く、粘土では土が光を吸収し繊細な輝きを出しづらい。錫のもつ柔らかさと優しい輝き、そして金属ならではの確かな存在感が、本作には適していると感じたからです。 蝶は、儚さの中にも存在感があり、羽ばたく姿は未来への希望を感じさせる一方で幻想的で不安定さもまとう混沌とした空気を表現しています。(ちなみに蛾も一匹います。) 人形本体は石塑粘土に木質粘土を合わせ、台座も含め全体的にアンティーク調にし、経年の色合いが、記憶の奥に眠る時間の深みを映すような仕上げを意識しました。 この作品を制作したきっかけは、実家の古いアルバムに残っていた一枚の写真でした。 海岸でぼんやりと立つ7、8歳の頃の私。 そこには傍らで天真爛漫に笑う弟とは対照的に、不機嫌そうに遠くを見つめる小さな自分の姿がありました。 それは、心の奥に自我が芽生えはじめ、戸惑いとプライドの行き交う不安定な心情が態度に現れていたのかもしれません。 私は長年、地域の子どもたちや保育園で、子どもと関わる活動を続けてきました。 折々の場面で見せる子どもたちの表情やしぐさ、その気まぐれで複雑な心の声は、私たち大人がいつの間にか忘れてしまった感覚を呼び覚ましてくれます。 きらきらとした輝きの向こうにある、得体の知れない未来。 そこへ突き進んでいく子どもたちの勢いと、その裏に潜む戸惑い―― 青い羽音―それは心が初めて未来を感じた瞬間の音。 恐れと憧れが溶け合いながら、羽化した蝶のように空に舞う。ひらひらとどこに向かって飛んでいくのかはまだ誰も知らない。 そんな少女の心の中の風景を、本作で感じていただければと思っています。
作品:15・15・45 台:20・20・4
石塑粘土、ウッドフォルモ、金属
No.88 河ひろみ カワヒロミ
『青い羽音』

女性であるというだけで、作り手の身体性までもが人形と同化され、作品の本質が歪められてしまう。そんな経験を幾度となく重ねるうち、私は思い当たった。現代の人形が纏う「愛される客体」は、誰かが歴史の中で後天的に与えたものに過ぎない、と。 本来、人形とは、より根源的な存在だったはずだ。それは、呪術的な祈りのために作られたとされる縄文時代の土偶からも見て取れる。その多くは女性の姿をし「生命の主体」としての役割を担っていた。人形は人間と見えぬ生命を媒介し、あくまで人の霊を享受する主体として、そこに存在していたのだ。 それから数千年の時を経て、現代の創作人形、とりわけ球体関節人形が主流となった今日では「人形愛」を信仰することがアカデミックに語られている。これは時代と共に変化した概念であり、男性的なまなざしによって「愛される客体」が「高貴なもの」へと昇華したことを意味する。また、女である私は常に客体化された視点で世界を解釈せざるを得ない状況に置かれてきたことにより、この信仰はより強固な観念として染み付いた。 しかし、作り手である私はこのアカデミックな信仰に長らく疑問を抱いてきた。かつては祀られ、その存在に祈りを託した人形たちは、長い時間をかけて鑑賞者や作り手の欲望によって消費される客体としての言語になった。それは、愛玩物としてのニュアンスを強く持つ「ドール」の歴史や認知の広さからも読み取ることができる。 高貴な「愛される客体」は一見美しく映る。しかし、これらは自分の解釈の枠へ閉じ込めて支配しようとする危うい一面を孕んでいる。この恐ろしさは性別に限らず、メディアや社会が個人や存在を客体化し、消費しようとする日常の現象と重なる。 人形は客体であると同時に「語りかける主体」でなればならない。その両義性が失われた時、魂のない「モノ」と化してしまう。だからこそ今、私は人形を、高貴な「愛される客体」としてではなく、自ら「愛し、語りかける主体」として、そこに存在させたい。 「愛される客体」から「語りかける主体」への転換。それは、人形が本来持っていた呪術的な力を取り戻す試みだ。そして、私自身の「信仰」を究明し、その先へと繋ぐための路である。
14.5×14×53 〈白い台座→20×20×5 展示台が低い場合に使用〉石塑粘土
No.89 一実 いつみ
『祈りの先はまだ知らない』

ぬいぐるみは通常、わた等を入れて作りますが、自身の病気や手術を経てここ数年、自分の中身(内臓)に意識を向ける事が多かったので、体内のパワーというか、昆虫がサナギから成虫になるような、体の内側にも意味を持たせる事ができないかと思い制作しました。 外側の緑色の物体(A)が現在の自分や外ヅラの顔、中の半透明な物体(B)が、自分がなりたい形や人に見せていない部分…みたいなざっくりしたイメージですが、変身願望というより『変わりたかったら変わればいいし、今のままでもいい。 捨てられないしがらみならそのまま持っていけばいい。 在りようは自分で決める』という気持ちがあったので、外に飛んでいっても良いし、内に籠っても良いという意味で、Aには敢えてファスナーを付けています。 素材は布、糸、ビニール、プラスチック針金、手芸用ペレット 苦手だけどつい見入ってしまうクラゲ等の、透き通った海中生物のようなものを作りたくて、今回初挑戦としてBにはビニール素材も使いました。
24・24・45
布、ビニール、糸、プラスチック針金、手芸用ペレット
No.90 ちしたかずよ
『どこにでもいける なんにでもなれる』

No.91 柴田春禄 しばたしゅんろく
『彼の方』
ある日、夢を見ました。 飛空艇で空を観光する夢。空に浮かぶ小島に神さまのいる島があり、その島の池はとても美しいので是非見に行ってほしいと案内があり、騒がしい団体客が土足で神さまの池を見物に行きます。 立派な蓮池を見て歓声を上げていると水琴窟のような不思議な美しい足音と金属が擦れる音が近づいてきて 彼の方が現れました。 彼の方は大変、怒っている様子で武器を持った6本ある腕を振り回していました。 慌てて飛空艇に逃げ帰るという不思議な夢でした。 不思議な夢は私の頭の中に残っていたので絵を描きました。次は立体にしたくなり、また夢でみたように動いている所をみたい。動かしたいと思い、このあやつり人形が出来ました。 人形の体は糸引きもいう技法で制作しました。それぞれの手に持った武器も弦鋸の刃を削りながら作りました。 衣装は直接人形に縫い付けました。人形が思ったより固いのでひと針ひと針縫い止め、布の模様も1から手描きで染めていきました。 どの工程も夢に出てきた彼の方に近づけるように丁寧に仕上げ、楽しくて制作する事が出来ました。 この作品では夢でみた現実世界には存在しない私だけの存在を表現しました。 彼の方としていますが性別はありません。存在も名前も分からないので彼の方としました。 そんなあやふやな存在を自分の手で作る事が出来る楽しみが創作人形作りの楽しみのように私は感じています。
79(60.10.9)cm
布(綿、絹)コットン、ボンド、木毛、石塑粘土、オパール真鍮、ステンレス、
アルミ、レジン、アクリル絵の具水彩絵の具、パステル、鉛テープ
スパンコール、捺染染料、弦鋸の刃、木、レース、ビーズパーツ

No.92 穂苅吾朗 ほかりごろう
『冬じたく』
人形と言えば金髪で青眼の欧米人の男子か女子。 が、人形本人に国籍や性別や人種の違いがあるのかな?とか思ったり。 夢の中から。
高98㎝ 奥30㎝ 幅30㎝
張り子紙 木 アクリルレンズ

No.93 原田万紀 はらだまき
『揺るぎないもの』
"揺るぎないもの" 私は制作を始める時、意味付けよりも、まずカタチを考え型紙を起こします だんだんカタチが出来てくると、そこに、ふと言葉が浮かびます 私はこの作品に、はじめ"揺らぎ"を感じました 不安定で、確かなようで掴みどころのない今の時代を、ひいては生命を反映するような、あやふやな"揺らぎ" それが、作品のカタチが整いその手を止めた時、"揺らぎ"から"揺るぎないもの"へ変わっていきました それは、私がいつも作品たちに込めているテーマ"母性の包容"であり"生命"であり"愛"そのものでした 作品に込める思いは、カタチになってちゃんと現れてくると思いました そして、そのあとの"意味"は作品を見てくださる方に委ねるものだと思っています この作品に際して ・色数は抑え、ベージュ系に統一しました ・光かたが優しい自然の貝ボタンのみを使用し、絹の薄地はひだを一つ一つ縫い付けました ・優しい眼差し、手の表情はフリーハンドで刺繍で表現しました 私は作品の柔らかな曲線を出すため、伸縮性のあるジャージという布を使って本体を作ります 伸縮率を考え型紙を起こし、縫い合わせた布にワタを詰めて成形します おおむね女性を制作していますが、作品を通して"生命の力強さ""母性の包容"などを表現したいと思っています
17cm、15cm、31cm
ジャージ、絹、詰めわた、貝ボタン

No.94 ネムリブカ リョウ
『白獣(はくじゅう)ハタコ』
父の死後、衝動に駆られて急遽自主制作。 タコはタコ自身以外の世界のことを何も知らない、知ろうとしない(真っ白な)もので、じんわり、ねっとり絡みついてくる、大きな壁として製作。 自身の中から湧き出てきた思いや声を、3色のタルパと色水に変えて、タコにぶつけた。 こちらのことは何もわからないクセに縛り付けてくるタコ野郎に色とりどりな自分や未来をぶつけてやりたかった。倒せはしないが、主張をしたい。 この行為の場所として、自身の思いに気付かされた場所である、出身地(父の出身地でもある)の海岸を選び、同時に動画の 撮影も行った。 作成当時はがむしゃらに制作してぶつかるだけだったが、時が経ち、タコと対話を重ねた今ではそれなりに仲良くしている。 本体は着ぐるみの技術を用いて制作。パフォーマンスではタコの中に人が入り、その方にタコの操演をしていただいた。色水は環境に良いものを使用したが、1度のパフォーマンスではあまり色がつかず、濃く色が残っている部分は、初パフォーマンスの後に何度か色水を重ねた部分である。 制作当時より少しずつアップデートして今の形になっている。 自宅で制作できるギリギリの大きさで制作をした。
<作品本体>幅:約5m、奥行き:約5m、高さ:90cm /
<什器>幅:150cm、奥行き:150cm、高さ:7cm
(タコの頭が台に乗り、足は台の外にでる仕様です)
フェイクファー、ウレタン、ポリウレタン、毛糸、綿糸、スパンコール、ボールチェーン、プラスチック、樹脂

U22 No.95 佐藤彩夏 さとうあやか
『終生の渡り鳥』
コンセプトは人の意識と無意識の間を飛び続ける渡り鳥の妖精です。人が誕生した時この妖精も生まれあなたに会いに行く。赤子がまだ外界との境界を何しかできていない間寄り添うように頭のそばにとまり見つめる。やがて子供が物心のつく頃になるとその妖精は飛び立ち人々の意識と無意識の間の流れに身を任せ飛び続ける。10年20年30年…、やがて再び外界とのつながりが弱まり教会が曖昧になる時妖精は枕元にとまる。意識と無意識の間、そこにずっと寄り添い孤独を癒し人々の物語を食んで育った妖精は宿主と共に無意識の彼方は消えてゆく。スタイロフォームの芯にラドールを重ね張り造形しました。羽の一枚一枚を向きや大きさに注意しながら作っていきました。大学の講義で人々の意識と無意識の間での強制力についてを聴き、何かを強いるのではなくただ時に寄り添い離れまた再びそばにいるようなそんな存在が欲しいと思い制作しました。影響を受けた作家さんには人形を作ろうと思ったきっかけとなった夏目羽七海さんや、初めて作品集を購入した上田明志さんなどの造形にとても感銘を受けています。体調のことやストレスでどうしても先の明るい未来というものが見られない自分に一緒に悩みを抱えてくれたり寄り添ってくれたりしてくれる存在を求めて人形を作っています。今回の人形も誰かの心に寄り添える存在になれるといいと思います。
22×11×24
スタイロフォーム 石粉粘土

No.96 清水だいきち しみず だいきち
『思い出』
この作品は、幼い頃の子供視点からみた人形の記憶をテーマに制作しました。 子供の頃は、現実と想像の世界が曖昧で、人形やぬいぐるみを唯の玩具としてではなく、まるで呼吸し生きている、自分だけの「友達」のような存在に感じていました。 じっと大きな瞳と眼が合えば、まるで何もかも通じ合えているような感覚になっていたのが記憶に残っています。 この作品では、幼い子供が見上げた際に、実際の人形よりも大きく、じっと見つめて見守ってくれている特別な生物のような大きな存在感を表現できるように意識しました。 造形面では、肌や眼球などのディティールにこだわって制作しました。 特に、見つめてくるような大きな眼球は、本当に血が通っているかのようなリアルな温度を感じさせたいと思いました。しかし同時に、リアルさが過剰になりすぎるとデフォルメされている人形としての造形的魅力が損なわれてしまうため、あくまで「生きているように見えるけれど、やはり自分とは違う見た目の人形である」という絶妙なバランスを意識して制作しています。 今回の作品で、幼い頃に誰もが心の中で信じていた「他の人には見えない存在」や「語りかけてくる玩具」などの「自分だけの大切な友達」の記憶を少しでも思いだしていただけましたら嬉しいです。 そして、この人形が、かつての自分のそばにいた小さな友達のように、観る人の心の中にも静かに寄り添う存在となることができましたら幸いです。
35・35・48
石塑粘土、木粉粘土、樹脂粘土、レジン

U22 No.97 Hina Iinuma
『無題』
以下のことやものに影響を受け、18歳の時に製作しました。
私が冬生まれであること
釘が冷たかったこと
近所の好きだった建物の取り壊しが決まったこと
<影響を受けた作品・人物>
ラフマニノフ、 銀河鉄道999 、レイブラッドベリ、 クリスチャンボルタンスキー
メッセージ
初めて作った人形作品です
冷たさの中にもあたたみがあることを表現してみようと思いました。 自分の生まれた季節は冬で、厳しい寒さの中でしたが 生き延び続けています。 その力強さを、ひとの生命力だけを、このてのひらから 表現したいと願い、冷たさとあたたかさが共存するように素材選びに工夫し 製作しました。
幅40cm 奥行き10cm 高さ27cm
布(コットン) グラスアイ 釘 石粉粘土 毛糸 リボン(サテン) 作者の髪の毛)

No.98 Pan. ぱん
『古びたマリオネット』
主にヴィンテージやアンティーク生地、テディベアモヘアを使用して作品づくりをしています。 自ら刺繍や染めなどの生地加工をし、 目鼻などのパーツも自身でひとつひとつ手作りしています。 同じ作品は作らないため、どれもが"特別"でこの世界にたったひとつです。 また、それぞれの作品に物語を書いております。 物語の中で作品同士に関わりがあったり、新たな作品の誕生によって物語のつづきが生まれたりします。 作品同様、この"物語"も楽しんでいただけたら幸いです。 "古びたマリオネット" 新しく思いついた遊びにもすっかり飽きてしまい、こぐまは退屈していました。 何か面白いものでもないかと家の周りを歩いていると、納屋が目に入りました。 ドアを開けて覗き込むと、 薄暗い部屋の中に埃をかぶった家具や 写真立てに入った白黒の誰かの写真なんかがぎっしりと詰まっていました。 ふと、懐かしいものを見つけ、 こぐまは納屋に入りました。 それは自分が生まれたばかりにもらったクマの人形でした。 おぼろげな記憶の中ではそれはとっても大きくて、よく人形に抱きついてはそのまま抱えられたように眠ったのでした。 いまではこぐまの方がその人形より大きくなっていました。 人形を抱えようとかがんでみると 足元にランプを見つけました。 こぐまがランプに火を灯すと 天井からとっても大きなマリオネットが下がっていることに気がつきました。 そのマリオネットはいかにも古めかしく こぐまの記憶にはありませんでした。 きっと、こぐまが生まれたより もっともっと昔にこのマリオネットは生まれたのでしょう。 こぐまのパパやママ、いやおじいちゃんやおばあちゃんのものかもしれません。 それ以来、こぐまはよく納屋に行きました。 マリオネットもクマの人形も、それから白黒の誰かの写真も綺麗に埃がはらわれました。 誰かに大事にされていたあの頃のように、マリオネットは再び動きはじめました。
24・18・56
モヘア、ウール、コットン、樹脂粘土

No.99 JIUMY じゅみー
『Alice』
本作はビスクを焼成して制作した球体関節式のオールビスク⼈形であり。ビスクという冷 たく硬質な素材に、「⽣」を宿すことができるのかという問いから制作が始まりました。 ⾐装には光沢のシルクとレースを⽤い、古い絵本のような質感を意識しています。ウィッ グには⾺海⽑(モヘア)を使⽤し、ビスクの静と対⽐するように柔らかく揺れる質感を加 えることで、⾁体と魂の境界がふわりと曖昧になるよう構成しています。 テーマは『Alice』です。ただし単なるキャラクターの再現ではなく、物語に潜む精神的構 造──夢へ踏み込む者と、夢の内部で狂気をまといながら⽣きる者──という⼆つの軸を ⽴体化する試みです。⾦髪の頭部は夢を⾒る側の「アリス」、淡いブラウンの頭部は時間 の輪に囚われた「帽⼦屋(マッドハッター)」を象徴しています。⼆つの頭はひとつの⾝ 体を共有しながらも、まるで違う⽅向を⾒ており、同じ世界にいながら決して同じ物語を ⾒ていない存在として造形しました。 「アリス」は読者の視点を代弁する観測者であり、「帽⼦屋」は常識を撹乱する狂気の体 現者です。通常は出会っては交わり、やがて別々のシーンへと散っていく⼆⼈を、あえて ⾁体的に結合させることで、夢と理性、秩序と混沌、外部の視線と内部の情動という⼆項 を⼀つの作品に凝縮しました。双頭という構造は不気味さと魅⼒を同時に持ち、⼈形を「眺 める対象」ではなく「視線を返してくる存在」へと転化させます。 本作の核となるメッセージは、「夢はいつも⼀つではない」ということです。物語を読む 者の数だけ解釈があり、アリスも帽⼦屋もまた、⾒る者の⼼によって姿を変える存在です。 ひとつの⾝体に⼆つの頭を持つという形状は、まさにその不確定性を造形化したもので す。かわいらしさと不穏さ、童話性と異形性──そのすべてが⼀体の中に共鳴する瞬間、 鑑賞者は物語に「触れる」というより、「物語に飲み込まれる」感覚を味わうことになり ます。
50cm
ビスク、シルク、レース、モヘア

No.100 恒咲蒼鳴 つねさきあおめい
『つながり』
この度の人形作品の作品名は「つながり」としました。 作品の主題は「少女」です。目指したのは特定の物語に縛られない「どこかにいそうでどこにもいない」という、現実と幻想の間にあるような姿です。その静かな佇まいには表面的な美しさとは違う、心に秘めた静かな想いを思わせるような少し影のある雰囲気を込めることを意図しています。 この作品は、私の制作活動において大事な一歩となりました。これまでグラスアイなど一部既製品の力を借りて作品を完成させていましたが、今回は本体の造形からグラスアイ、ドレスまですべてを私自身の手で一から作り上げた、初めての完全オリジナル作品です。これは単なる技術的な挑戦ではなく、作家としてさらに成長するための、決意の証でもあります。 少女の持つ静かな佇まい、そして影のある雰囲気を表現するためにあえてレースや飾りを使わず、シンプルな構成にしました。飾りをなくすことで、特定の物語に縛られず、見る人それぞれの心と向き合える空間を意図しています。白銀の髪と、濃紺のキャミソールドレス、そして赤い瞳のコントラストが少女の心の奥の景色を印象的にし、この色の組み合わせによって少女の持つ静けさと心の中の影を引き立てます。 さらに今回は、学生時代から手慣れている油土(油粘土)原型からの作成ではなく、新たな挑戦として石粉粘土を直接造形し、作品の持つ静かな雰囲気や心の中の影がより強く現れるように制作しました。 作品名である「つながり」は、この制作過程で生まれた三つの結びつきを表しています。一つ目は、「過去の学びと今の創造とのつながり」です。この挑戦は、美大時代に培った造形の知識や、過去に通った教室での技術、そして多くの人々との出会いによってできた「知識の土台」があったからこそ実現しました。 二つ目は、「自分自身とのつながり」です。全て自作するという過程で、私はこれまでの経験と今の創造力を結びつけ、作家としての新しい一歩を踏み出しました。 そして三つ目は、「鑑賞者とのつながり」です。少女の影のある眼差しと向き合う時、皆様の心にどのような物語が生まれるでしょうか。この場で生まれる見えない共感や想いこそが私が大切にしたい心のつながりです。 少女の放つ静かな存在感は、こうした作家と鑑賞者の「つながり」を通して人間の持つ儚さや心の影、そして芸術によって得られる普遍性を表現しています。 この「つながり」を通して皆様の心の中に想い描く大切な人や思い出、過去から現在、そして未来へと続く見えない「つながり」に思いを馳せていただければ幸いです。
20・20・60 cm
石粉粘土/モデリングペースト/油彩/グラスアイ

No.101 三上かおり みかみかおり
『羽衣 天女』
地元三鷹の山本有三記念館にて作家山本有三の個人コレクションに能面(「若女」だったか)があるのを見て、『人形作るならこういう表現にも取り組んでみなくては』と思ったのが制作のきっかけです。いざ取り組んでみたら、表面の形のことだけなのに、能の全ての勉強が必要となりました。ネット検索を繰り返し、いくつも公立図書館蔵書をさらい、国立能楽堂の資料室も行き、横浜シルク博物館での中世装束の等身大人形展も大いに参考にしましたが、京都の能装束店主が書いた『能装束精解-製作の現場から』が最も頼りになりました。長絹、縫箔、摺箔、腰帯、鬘、鬘帯、天冠はおかげでデザインできました。 数あるシテのうち『羽衣』天女にしたのは、別途たしなんでいる筑前琵琶で『天の羽衣』をよく演奏し、一番なじんでいる能楽だからです。面は若い「若女」と成熟した「増女」の中間くらいの顔になりました。これまで能面の女は無表情で美と無縁と思っていましたが、作ってみると、目は切れ長、まぶたくっきり、鼻筋通り、額・頬は豊か、唇引き締まり、文化があれば世界中どこでも通用する美女を表しているとわかり、物の見方が変わりました。 人形本体の材料は張り子、桐塑、石塑、ワイヤ、彩色はアクリル絵具。 能装束は素材からして色褪せ擦り切れる消耗品なのに、圧倒的な手業を集め粋をこらして作り上げた宝物づくめです。その風格をどう表すか。型紙を起こし、試作を繰り返して工夫しました。長絹の材料は絹布、染色はファブリックメディウム添加のアクリル絵具、飾り紐はツヤを重視してナイロン、ポリエステルなどの組紐。天冠と扇の素材である皺テクスチャの金紙は有隣堂伊勢佐木町本店の文房具売場で発見し、材料を得たら小物づくりは俄然やる気になりました。またエビスビール缶の艶消し金色が美しくて、天冠の瓔珞に切り抜きました。 あらゆる製作技術について、存在すると知っただけで全く突き詰めていませんが、研鑽する喜びは貴重で、これからも人形造形に取り組んでいきたいと思います。 参考文献 『能装束精解―製作の現場から』佐々木洋次著 檜書店 2022年
15・15・39
張り子・桐塑・石塑

No.102 CRR5 シアー
『共生の双子』
この作品は、「ひとつの心臓を分け合うふたり」をテーマに制作しました。 ふたりの少女は同じ身体に宿り、ただ一つの心臓で生きています。 鼓動を共有しながらも、それぞれに異なる感情や記憶を抱き、 互いの存在が自分を成り立たせると同時に、傷つけてもいます。 私はこの「共生」という形の中に、人間関係の本質を見ています。 完全に分かち合うことも、完全に離れることもできない—— 愛と依存、安らぎと痛みが同時に存在する関係。 それは私たちの心の奥にある、誰にも見せたくない部分でもあります。 制作のきっかけは、心の中にある「他者と自分の境界」について考えたことでした。 人は誰かと繋がることで生きる一方、その繋がりが苦しみの源にもなる。 この二人の子どもは、まさにその矛盾を体現する存在です。 一方の笑顔の裏にもう一方の涙があり、片方の沈黙の中でもう片方の心臓が脈打っています。 素材にはビスクを用い、柔らかい質感と冷たい質感を共存させることで、 「生のあたたかさ」と「死の静けさ」を同時に感じられるようにしました。 衣装には、赤と白、二つの象徴的な色を使用しています。 赤は心臓の鼓動と生の証、白は終わりと再生の象徴。 二色が交わる部分は、彼女たちの運命の境界線でもあります。 視線の角度や表情には微妙な差をつけ、完全に目を合わせないようにすることで、 “ひとつでありながら、決して同一にはなれない”という関係性を表現しました。 この子たちは、永遠に一緒に生きることを運命づけられた存在です。 そしてその姿は、他者と共に生きる私たち自身の象徴でもあります。 ひとつの心臓が、二つの魂を抱きしめている—— その音が、静かに響くことを願って
35*15*30cm
ビスク、モヘア、布

No.103 江口温子 えぐちあつこ
『調和〜フラワードール』
日本の織物の美しさと花との融合を、布やアート、プリザードフラワーを使ってアレンジし、遊び心を持ってドールで表現致しました。 子供の頃から、花や小さなドールの可愛さ、印象派絵画の色彩の美しさなどにときめいておりました。2016年IFA国際アーティスト連盟フレッシュフラワーインストラクター資格取得後、 カラーやフラワーレメディなど自然の癒しを学び、周囲の癒しになるアレンジメントフラワー制作に励んでまいりました。2023年ホノルルフェスティバルJTBフラワーコンテストにKJ国際アーティスト連盟より 参加して、チームグランプリを頂き、2024年は個人グランプリ、同年サロン.ブラン日仏現代国際美術展入選、2025年再度ホノルルフラワーフェスティバル個人グランプリ、サロン.ブランより、日仏国際美術展に出展させて頂き、日常の慌しさの中、作品制作での励みを頂いております。 今回は、今年の10月2日NYカーネギーホールで開催された、花と芸術の祭典〜Kajiki’s Showのロビー展示品を多少アレンジしたものです。 ホームページで現代人形研展を知り、是非参加させて頂きたく、申込させて頂きました。 色彩の調和の楽しさで、少しでも皆様の癒しのお役に立てれば幸いです。
25x 28x30cm
布、和紙、アート&プリザーブドフラワー

No.104 爽歌 そよか
『Bad Sister』
不機嫌で、トゲがあって、近寄り難い 私が人形を作るうえで目指す表情は一般的な可愛いとは恐らく違うのだと思う。 ムスッとした唇、ツンとした目尻。 この子に限らず、怒ってるの?って聞きたくなるような顔の子が多い。 何故そのような表情を作りたくなるのだろうか。 それは私の中ですました顔、媚びないという意思、それらを飛び越え不機嫌という感情までも可愛いと感じるからだ。 ちなみに、人形限定だ。不機嫌な人間を流石に相手したいとは思えない。 当たり前だが、人形とはコミュニケーションが取れない。 だから、なぜこの人形は不機嫌な顔をしているのだろうと想像する。 想像することは人類の特権だ。 そこからストーリーを作ることができる。 勿論、それぞれ好きに想像して頂いて構わないが、私の想像したこの子のストーリーは、好きで悪い子になったわけじゃないの、とバーでカクテル片手に煙草を吸いながら愚痴を吐いているというものだ。 嘘偽りのない率直な感情表現に惹かれる。 日本は自分に正直に生きるより、我慢して相手に合わせる方が美徳とされる風潮がある。 素直な感情を表に出すことは悪いこと、とされる。 私はそれが日本人の国民性の素晴らしい点とも思うが、感情のままに生きても美しく見える人生にも惹かれる。 この子のタイトルはBad Sister、悪いお姉さんだ。 感情のままに生きる、つまり、悪い子。 放っておけない、目が離せない女の子である。 ところで、人形に着せている洋服も見てほしいポイントの1つだ。 人形に着せる服を考えるのはとても楽しい。 自分の服を選ぶのも好きだ。お洒落して街を歩くと気持ちが晴れやかになる。 ファッションが好きな女子は多いと思う。 人は何故着飾るのだろうか。 私の中でその答えは2つあって、対極な論になるのだが、 1つは自己満足、もう1つは異性にモテるため、と結論づけている。 私はファッションは武器であり、防具であると思う。 自分らしさを相手に表現する武器、そして見せたくない自分の印象を隠す防具であると思う。 真っ赤な口紅を塗る。高いヒールを履く。彩度の高い服を選ぶ。 どう見られてるか意識して身につけるものを選ぶ習慣は私にはないが、つまり、好きなものを好きなように身につけるが、結果としてそれが自己表現→自己満足になっているのだろう。 ファッションに力を入れてるからって異性にモテるかどうかは些か疑問だが、それでも可愛いと思ってもらえるために着飾る人はいるだろう。 私の好むファッションは王道モテファッションとはかけ離れているが、私なりのモテなのかもしれない。
115cm・8cm・42cm
石粉粘土・グラスアイ・人毛・布・フェルト

No.105 銀狐久 ぎんこきゅう
『Leap(飛躍)その先に』
『此処とは異なる世界に存在する少年。その世界の成人の儀として〝飛行魚〟を単独で狩に行く。獲物の大きさで自身の価値が決まる。なので少年期はこの儀の「成果」のためだけに使われる。』 少年の持つ杖の先端部分には〝イルカの背骨〟首飾りは〝魚の歯〟を使用。 海や河のない彼等の世界には空中を泳ぐ魚や海獣が居る。それ等は手に入れたい憧れの獲物…そんな世界観で制作しました。
12cm・6cm・44cm
石塑粘土

No.106 ポガチャル
『息吹(いぶき)』
私の作りたい人形はそばにいると息づかいが感じられるような存在になりうる作品です リアルなだけではないその子の個性が随所に感じられ見るたびに新しい表情や雰囲気を見せてくれる人形がコンセプトであり私の永遠のテーマです 制作のきっかけはデパートの催事で今は亡き作者の 羊毛ふぇると.うさぎ座 さんの作品を見てイキイキした表情と素晴らしい色使いに感動しこんな人形を作ってみたいと思いまスタートしました 今回の作品はネットで交流のある方の今は虹の橋を渡った美しい日本猫のオッティー君がモデルになっています 参考写真の右上2枚のみがモデル写真です その2枚のうち1番上の写真ですがこの子がよくしていたポーズと表情で1番好きだと言うのでこちらを目指して作りました また上から2番目の横顔はきゅっとした個性の出た独特の横顔なのでこちらも参考に作りました 左上2枚目は私の作品で少しは似てきたのではと思います 素材はベース羊毛(羊毛フェルト) フェイクファー 可動人形なのでその骨組みにトイスケルトン 耳の可動にワイヤー ジョイント等です 顔と体は羊毛フェルトで作り頭部が上下左右斜めに動かすためと尻尾にトイスケルトン 腕肘にジョイントを仕込み土台を作り フェイクファーを写真右の1番下のグレーの子を例にですがほどいたものを植毛して作ります 両手両足は肉球も羊毛フェルトで作ってます 今回 粘土は使ってないです また写真真ん中の服を着て立ってる写真2まいですが写真右の1番上のようにトイスケルトンを人型の人形にも仕込み頭部をスパッと取り替えられる仕様にしてますボンドは使用してません 可動で頭を取り換えたりできる仕様にしたのも私なりの工夫した点です この変身は展示では手動でできないので今回は動物の体です 植毛にフェイクファーを使っているのは艶感のためで今回は白黒ですが普段は染めたりして色を作ってます 耳も動くのですが垂れ耳とかではないので立ち耳です 全体画像は野外で撮影しました 風が吹いて目に光が入ると生気を感じたのでそうしました この人形を見た方がこの子の個性と生き生きした「息吹」を感じてくださると作者として嬉しいです
38 . 30. 22
羊毛フェルト フェイクファー トイスケルトン

No.107 長澤知美 ながさわともみ
『Forest Welcome - 擬態の根源』
◆コンセプト 本作品「Forest Welcome - 擬態の根源」は、森に宿る生命のエネルギー(妖精)が、人間という来訪者を歓迎(Welcome)するために、根源的なかたちから擬態する姿へと変容するところを球体関節人形で表現したものです。 人間が自然の恵みを利用し、時にその環境を破壊する営みを続ける中で、自然界はなお、分け隔てなく寛容な愛を捧げ続けています。この球体関節人形は、森の生命を象徴する切り株から芽生えた妖精たちが、その深い寛容さを体現している姿を想像して作成しました。この作品の中の妖精たちは、人間の姿への「擬態」という方法を通じて、私たち人間へ、根源的な生命からの祝福を表現しています。 【舞台(切り株)について】 作品の土台である古木の切り株は、単なる台座ではなく、妖精たちが生まれる「根源」そのものです。それは森の深層、記憶、そして生命のエネルギーが凝縮された場であり、小さな妖精たちはそのかつての命の痕跡から芽吹き、生まれてきます。この「根源」から生まれるすべての存在は、森の精霊であり、自然の純粋な意志の断片であり、ここでは歓迎の精神を体現しています。 【妖精について】 この妖精たちは、森に訪れた人間を歓迎するために、自らの持つ能力—「擬態」を駆使しています。 下部の切り株から芽吹いたばかりの精霊たちは、未だ人の姿を明確に形成していない、森のエネルギーの「根源」を示しています。彼らのシンプルな顔は、人間が持つ「顔」という概念を、最もシンプルな形で認識し、複製しようとしている段階です。 上段のヒト型に近づきつつある精霊たちは、集団的な擬態の努力が「歓迎」という目的に向かって結実しつつある姿です。 彼らは、個々で人間への擬態を進めると同時に、全体でも人間の顔を模した形を形成しようとしています。個々の精霊が協力し合い、顔のパーツを形成することで、「人間の姿」という共有イメージを形成し、訪問者を迎え入れようとしている様子を表現しています。彼らにとって人の姿を模倣する行為は、単なる物まねではなく、相手の心に寄り添い、安心を与えるための愛の表現なのです。 【色彩について】 作品を構成する白とグリーンの色彩は、妖精たちの純粋さや清らかな生命エネルギー、植物の成長の力を象徴しています。精霊たちの行動は、純粋なおもてなしの心からであり、人間の思考のような複雑な意図ではなく、根源的な場所から湧き出る無垢な生命エネルギーに基づいています。 ◆素材 石粉粘土、樹脂粘土、木材、針金
40㎝・40㎝・70㎝
石粉粘土、樹脂粘土、木材、針金





